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大津地方裁判所 平成8年(ワ)323号 判決

原告

波多野智通

外五名

原告ら訴訟代理人弁護士

吉原稔

野村裕

小川恭子

玉木昌美

被告

草津市

右代表者市長

古川研二

被告訴訟代理人弁護士

市木重夫

被告指定代理人

馬淵義博

外六名

主文

一  被告は、原告らに対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告ら各自に対し、金一六三万八〇〇〇円及びこれに対する平成八年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、原告らが、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告に代位して訴えを提起し、和解で終了した訴訟について、右訴訟遂行のために委任した弁護士費用を、同条七項に基づいて被告に支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1(一)  原告らは、高田三郎、佐山利次及び新井潤道を被告として、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟を提起した(大津地方裁判所平成三年(行ウ)第一号損害賠償代位請求事件、以下「前訴」という。)。

原告らは前訴において次のとおり主張した。

① 草津市は、佐山所有の土地に残土等を置いたことに対する損害賠償として、同人に対し七一〇万円を支払ったが、右残土放置につき草津市に責任があるか否かは明らかではなく、議会の議決を得るなどの法定の手続を踏んでいない違法があるから、草津市の市長であった高田は右公費支出に相当する額を返還すべきであり、佐山も不当利得として同額を返還すべきである。

② 草津市は、その所有する草津市草津町字犬ケ町一四七〇番一の宅地を佐山に売却したが、市有地を普通財産として売却するにあたっては競争入札によるべきところ、その手続を取っておらず、著しく低廉な価格で売却した違法があるから、高田及び佐山は草津市の取得価格と売却価格との差額四七〇万余円を損害ないし不当利得として返還すべきである。

③ 草津市は、その所有する草津市草津町字犬ケ町一四七三番五の雑種地を佐山に売却するに当たり、前項と同様の違法がある外、佐山が暴力団の組長であり、暴力団事務所に使用される可能性があったにもかかわらず、その点について調査しなかったことからすれば、地方自治法あるいは公序良俗に反し無効であり、所有権移転登記を得ている佐山及び新井は右登記を抹消し、かつ右土地上の建物を収去して右土地を明け渡すべきである。

(二)  原告らは、前訴の訴訟追行のために、弁護士である吉原稔、野村裕、小川恭子、玉木昌美、元永佐緒里及び木村靖に訴訟を委任した。

2  前訴の進行状況は、別紙「草津市住民訴訟の経過」のとおりであった。

なお、第一三回口頭弁論期日において、佐山及び新井に対する所有権移転登記抹消登記手続請求及び建物収去土地明渡請求は、目的達成により取り下げられた。

3(一)  平成七年一一月二七日、前訴の第二二回口頭弁論期日において、高田及び佐山は連帯して四〇〇万円を草津市に支払うことを約し、同八年三月二九日、右支払がなされた。

(二)  平成八年四月一一日、原告らと高田及び佐山との間で次のとおり裁判上の和解が成立した(以下「前訴和解」という。)。

① 原告ら代理人及び被告両名代理人間で作成した合意書に基づき、被告両名が本件解決金としての四〇〇万円を、平成八年三月二九日、草津市に納付済みであることを確認する。

② 原告らは本件訴訟を取り下げ、被告らはこれに同意する。

③ 訴訟費用は各自の負担とする。

三  争点

1  前訴和解は、地方自治法二四二条の二第七項の「勝訴」に当たるか。

2  相当な報酬額

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  地方自治法二四二条の二第一項四号所定の住民訴訟は、同法二四二条一項指定の普通地方公共団体の執行機関又は職員等による同項所定の一定の財務会計の違法、不当な行為又は怠る事実によって、普通地方公共団体が被り又は被るおそれがある損害の回復又は予防を目的とする訴訟であり、その目的のために普通地方公共団体が、当該職員又は当該違法不当な行為もしくは怠る事実に係る相手方に対し、同法二四二条の二第一項四号所定の請求権を有するにもかかわらず、これを行使しようとしない場合に、住民が普通地方公共団体ひいては住民全体のために右請求権を代位行使して提起するものである。

したがって、このような訴訟を提起・追行した住民が勝訴した場合には、個人的な権利・利益を擁護するためではなく、住民全体の公共の利益を確保することになり、その経済的利益は普通地方公共団体が受けることになるから、同法二四二条の二第七項は、「相当と認められる弁護士費用」を普通地方公共団体において負担すべきことを定めており、これによって勝訴した原告の住民訴訟を提起・維持することによる経済的負担を軽減し、住民訴訟の提起を容易にすることを目的とした規定と解される。ところで、同項は、普通地方公共団体が弁護士費用を負担すべきであるのは、「訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」としているが、これは当該地方公共団体の職員に対する損害賠償請求権等の債権(積極財産)の存在等が判決で認められることによって、経済的利益を確保することが明らかになった場合に、その見返りとして相当な報酬を支払うことを定めたものというべきである。したがって、右「勝訴した場合」には、裁判所による公権的判断が示されたものではないものの、勝訴判決を得たのと同一の効果を生ずる請求の認諾があった場合(行政事件訴訟法七条、民事訴訟法二〇三条)の外、住民訴訟を提起したことによって、当該地方公共団体が、勝訴の場合と同様の経済的利益を受け、将来的に右利益の返還を求められない法律的地位が確保された場合も含まれると解するのが、同項の前記目的に適するものといえる。

2 本件についてみると、前訴では口頭弁論期日も二五回を重ね、人証の取調べ等が進められた段階で和解が成立し、当事者双方の代理人が協議の上で、被告らから草津市に対して四〇〇万円の支払がなされたのであるから、右支払は、前訴の住民訴訟提起の結果としてなされたことは明らかである。また、前訴和解の第①項において、「本件解決金として四〇〇万円が支払われたこと」が確認されており、今後、前訴の被告らが右金員の返還を草津市に求めることは信義則上許されないと解されるから、草津市は前訴和解によって右経済的利益を取得する法律的地位を確保したというべきであり、前訴和解は地方自治法二四二条の二第七項に定める「勝訴した場合」に含まれると認めるのが相当である。

これに対し、被告は、前訴は「取下」になったのであるから、右「勝訴した場合」には当たらないと主張しているところ、確かに前訴和解第②項では訴えを取り下げることの合意がなされている。しかし、地方自治法二四二条の二第一項四号の訴訟は、前記のとおり、普通地方公共団体の有する損害賠償請求権等を住民が代位行使するものであって、和解等によって住民が右請求権等を処分することには疑義があることから、前訴手続内で、当事者の互譲的な合意に基づいて訴訟を終了させるに際して、形式的には訴えの取下げを合意するという形をとったものと解される。このような事情からすれば、手続の形式面のみをとらえて「勝訴した場合」に当たらないとする被告の主張は採用できない。

二  争点2について

弁論の全趣旨によれば、前訴は、訴えの提起から前訴和解の成立に至るまで約四年半の間に二六回の口頭弁論期日を重ね、取り調べられた証人も六名に及ぶものであったことが認められ、その訴訟追行には相当の困難が伴うものであったと推認できる。また、佐山及び新井に対する所有権移転登記抹消登記手続請求及び建物収去土地明渡請求は、目的達成により訴えが取り下げられたこと、前訴が和解により終了したこと、前訴によって草津市が確保した経済的利益が四〇〇万円であったことは当事者間に争いがないから、滋賀弁護士会報酬規定(甲一)に照らして原告らが被告に請求できる相当な報酬額は一〇〇万円と認めるのが相当である。

三  よって、本件請求は、被告に対し、一〇〇万円とこれに対する請求の日の翌日である平成八年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官森木田邦裕 裁判官山下美和子)

別紙〈省略〉

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